桜見公園で会いましょう

一本の電話から始まった

こんなにも涙が止まらなかったのは、もう記憶にありません。

 

悲しくて、愛しくて、腹も立つし謝りたいし…

 

 

 

「小池葉子さんでしょうか?突然のお電話申し訳ありません。酒井俊樹の母です」

 

それは1本の電話から始まりました。

 

わたしの記憶は35年前に遡りました。

 

小さな町。海に近い町。

  

35年前、私は家から自転車で通えるレストランでアルバイトをしていました。

 

車の免許と車が欲しくて、そのお金を貯めるだけの動機でした。

 

車が運転できるようになったら家を出ると決めていた。

 

どこまでもどこまでも遠くに行きたかった。

 

車が運転できたら、家から少しでも遠くに行こう。

 

そして小さな小さな町で暮らそう。

 

私を知らないどこかの小さな小さな町。

 

小さいアパートで1人で暮らすんだ。

 

猫とか飼っちゃってね。

 

一緒に寝たりなんかしてね。

 

海が近ければいいな。

 

潮風に当たりながら散歩だなんて最高じゃない。

 

うんそうしよう。

 

 

 

お母さんから蔑んだ目をされるのも、お父さんから意味も分からず殴られるのも、もう飽き飽きなんだ。

 

お酒を飲んだ勢いで私を殴るお父さん。

 

それを後ろのテーブルでお酒を飲みながら「クスッ」と笑うお母さん。

 

もうね、そういうの飽きたんだ。

 

産んでもらっただけ感謝だとか言われてもね…

 

憎しみは何故かなかったんだけど、もう飽き飽きした。

 

飽き飽きなんだよ、こんな生活。

 

 

 

せめてもの感謝は、丈夫な身体に産んでくれたこと。

 

だから殴るのかしら?

 

私はどこででも生きていける。

 

何をしても生きていける。

 

ブスだから風俗は無理だけど、肉体労働だったらなんでもできる。

 

大学なんて絶対行かせてもらえないし行く気もない。

 

でも勉強は嫌いでないし成績も悪くない。

 

私はすぐに働いて自活したい。

 

知恵と身体を使って1人で生きていくんだ。

 

人生初の社会経験

 

私が選んだバイト先はファミリーレストランと呼ばれるところ。

 

ブスで愛想もない私。

 

定期的に顔に殴られアザができちゃうし(笑)

 

とても接客は無理と自覚していました。

 

当然、洗い場を希望しました。

 

 

 

「あのね、ホールに人が足りないんですよね。どうしても洗い場が希望ですか?学校にアルバイト禁止されてますか?」

 

気の弱そうな店長さんが、申し訳なさそうに伺う。

 

私みたいな高校生にそんな態度取らなくてもいいのに。

 

私なんかが人前に出ていいのかどうか考えたけど、その迷いは5秒で消えました。

 

私の目的は家を出ることだ。

 

「いえ全然、やらせてもらえるのですか?」

 

そして人生で初めての社会経験をする事になった。

 

職場のアイドル酒井くんは、嫌味な男

 

更衣室での女子の会話。

 

もうお決まりになっていた。

 

「ねぇねぇ、今日は酒井くん入っている?え〜休み〜?つまんな〜い!ちょっと今日はもう帰ろうっかな〜(笑)」

 

 

 

酒井くんはバイト先のアイドルだった。

 

バイト女子、パートおばちゃんから絶大な人気だった。

 

スラッとした身長、端正なマスク。

 

おまけに仕事ができる。

 

バイトだけでなく、社員のフォローまでできる。

 

後輩バイトの教育係もする。

 

男性からも慕われていた。

 

 

 

端正なマスクでいつもニコニコしている酒井くん。

 

私は好きとかの感情は全くなかったけど、シフトに入っていると安心した。

 

職場の空気はいいし、何故かお客さんも笑顔が多い。

 

今思うと、酒井くんは場の空気さえ変える力を持っていた。

 

 

 

私の教育担当でもある酒井くん。

 

1週間はつきっきりでした。

 

「ちょっと〜小池さん!わざと覚え悪いふりして教育期間延ばさないでよ〜!」

 

本気とも冗談とも取れる口調で、先輩女子バイトに小突かれる。

 

私はブスで愛想はないが、要領は悪い方ではない。

 

要領が悪かったら、あの家では生きていけなかったとも思う。

 

予定より早く教育期間は終わった。

 

最終日、酒井くんはこう言った。

 

「小池さんの笑顔とてもいいので、できるだけ笑うといいよ。

 

あのね、この仕事、笑うのも時間給に入っているんだ。

 

そういう仕事だからね。ほんとに笑顔がいいから笑ってね」

 

 

 

「お前は愛想がないな」

 

酒井くん、そう言いたいんでしょ!

 

じゃあそう言えばいいのに。

 

人気者らしいけど嫌味な男。

 

そういう人間は嫌いだ。

 

 

 

いま思うと、嫌味でひねくれているのは断然私の方だ。

 

言い訳していい?

 

笑っていると「ヘラヘラ気持ち悪い!」と殴られ

 

黙っていると「ブスッとしやがって!」と殴られ

 

感情を閉じ込めるしかなかったのよ。

 

ごめんね酒井くん。

 

酒井くんからの告白

 

バイトも慣れてきた。

 

サークルみたいなもので、バイトが終わったら皆はカラオケやらドライブやら遊びに行っていた。

 

酒井くんはいつも遊び仲間といた。

 

私も最初は誘われていたんだけど、毎回断るので誘われなくなった。

 

それで構わない。

 

友達なんていらないし、私の目的は免許と車だ。

 

無駄なお金は遣いたくなかった。

 

 

ある日、バイト先で酒井くんと2人きりになった。

 

休憩が重なったのだ。

 

「今日さ、バイト終わったらご飯食べに行かないか?」

 

酒井くんから誘われたのは初めてだった気がする。

 

いつも行くメンバーに酒井くんは入っているが、いつも女子から誘われていた。

 

私は素っ気なく即答した。

 

「今ご飯食べているのでいいです」

 

休憩中なので、自宅で用意したお弁当を食べていた。

 

 

「ああ…そうだよね(笑)じゃあお茶飲みに行かない?」

 

お茶?緑茶をなんで酒井くんと飲みに行かなきゃいけないの?

 

「いや、お茶はここにあるじゃないですか」

 

休憩室に緑茶がいつでも用意されている。

 

わざわざ外でお金を遣う意味も、行く意味も分からない。

 

テキパキと仕事ができる酒井くんなのに、酒井くんは「馬鹿なの?」と思った

 

 

「ああ…そうだよね…お茶はここにあるよね(^^;;

 

あ、あのさ、実は小池さんとちょっとお話しししたいな〜とね。

 

だから時間作ってくれると有り難いんだけど」

 

また出た嫌味男!

 

ストレートにダメなところを指摘すればいいのに!

 

「酒井さん、私怒られてしょげるタイプじゃあないから、正直に言ってもらっていいですよ。仕事ですから」

 

酒井くんの目をガッと見て言ったら、酒井くんはたじろいた

 

 

「いや、怒るとかじゃあなくてね(^^;;」

 

怒るじゃないなら御指摘ですか?アドバイスですか?あなたのためとかですか?

 

もう休憩時間も終わりに近づいている

 

さっさと言って欲しい。

 

注意されてしょげるくらいなら、あの家では生きていけない。

もうとっくに自殺してるわよ!

 

酒井くんみたいにチヤホヤされて生きてきた男に分からないでしょうけどね!!!

 

あの頃の私は、攻撃的にならなくては生きていけなかった。

 

攻撃こそ最大の防御だった。

 

父に殴られて泣いたことはない。

 

泣くどころか笑ってやった。

 

「こいつバカじゃない」って。

 

そしてまた殴られた。

 

やり返したことはない。

 

やり返したら、父と同じ人種の生き物になると恐れていた。

 

父の血をわけ、遺伝子を受け継いでいることに、ものすごい怒りと悲しみを感じていた。

 

 

「酒井さん、言ってくれて大丈夫ですから言ってください。問題があれば直しますから」

 

威圧するように言いました

 

「ああ…あのね、そういうんじゃあなくて(^^;;あ、じゃあ…あのさ、あの…俺と付き合ってくれるかな(^^;;」

 

完全攻撃体制の私は、それが告白だなんて分からなかった。

 

そういうものから全く縁がない毎日だった。

 

 

 

「どちらにですか?駐車場清掃ですか?」

 

仕事の指示ならさっさと言えばいいのに!

 

そんなんで怒るように見てるわけ!?

 

それはちょっとバカにしてない?

 

もう私は勝手に攻撃体制でした。

 

 

 

「いや、あのそうじゃなくて…小池さんのこと好きなんです」

 

「ああそうですか!じゃあ私、休憩終わりなんで」

 

私はさっさと職場に戻った。

 

どうでもいい酒井くんと付き合うことになる

 

「好き」とかいきなりわけが分からない。

 

私なんかにおべっかみたいこと言わないで欲しい。

 

全く信用なんてしなかった。

 

男子とまともに会話どころか、女友達も学校にはいなかった。

 

別にいらなかった。

 

とにかく1人で生きたいと強く思っていた。

 

 

 

数日後、酒井くんから手紙をもらった。

 

「先日はいきなりでごめんなさい。

 

僕は小池さんを好きになってしまいました。

 

職場恋愛は不謹慎かもしれませんが、お店でダメと言われたら僕はお店をやめます。

 

バイトが終わったら桜見公園で会って欲しいです。

 

来なかったら諦めます。

 

少しでも可能性があったら会って欲しいです」

 

 

 

これまでの人生で男性に縁があったことはなかった。

 

興味は全くなかった。

 

そして酒井くんはバイト先のアイドル。

 

10人女性がいたら10人とも好きになってしまうんじゃあないかというくらい、完璧すぎる人だった(私には嫌味男でしたが)

 

 

 

酒井くんの「好き」は全く信用してなかったけど、信用してないからこそ桜見公園に行ったのかもしれない。

 

信用なんてするわけない。

 

きっと彼女は他にたくさんいるはずだ。

 

最初から分かっているからショックなんてない。

 

私にとって恋愛なんてどうでもいいことだ。

 

私にとって大切なのは、家を出ることだ。

 

それ以外のことはどうでもいいのだ。

 

どうでもいいから桜見公園に行った。

 

いつも真っ直ぐ家になんて帰らないでいたから、私にとってはどうでもいい酒井くんの気まぐれに付き合った。

 

 

 

公園では既に酒井くんがベンチに座って待っていた。

 

私に気がつくと、ベンチからすっと立ち直立不動になった。

 

軍隊みたいでおかしい。

 

私はフッと笑ってしまった。

 

 

 

「小池さん、手紙の通りなんだけど、付き合って欲しいです。少しでも可能性があるのなら」

 

「はい。わかりました」

 

私は即答した

 

「え!ほんと!ありがと!あ、ごめん!ありがと!」

 

なぜ酒井くんは謝るのか?つくづく不思議な男だ。

 

 

 

酒井くんは私から見たら変わっている男だった。

 

しかし今思うと、変わっていたのは私だった。

 

普通だと思っていた両親は普通ではなかったらしい。

 

青タンができるほど殴る父親は少ないらしい。

 

それを見て笑う母親も少ないらしい。

 

どうやら私は少数派の家庭で育ったらしい。

 

殺されないだけマシか。

 

 

私たちのデートは桜見公園

 

酒井くんとのデート。

 

デートと言っても、桜見公園のベンチに並んで座るだけだった。

 

対して会話はなかった。

 

二人でベンチに座り、缶コーヒーを飲んでいるだけだった。

 

缶コーヒーは順番に奢りあっていた。

 

酒井くんが毎回出そうとしていたけれど、私がそれを頑なに拒んだ。

 

なんだか凄く嫌だったのだ。

 

たかが缶コーヒーなのに。

 

そこがブスな証拠だ。

 

今だったら「ありがと♡」と言えるのにな。

 

100円の缶コーヒーで、酒井くんの「奢ってあげた」という満足感をプレゼントできたのにね。

 

 

 

公園で遊んでいる親子を眺めたり。

 

スズメがパタパタじゃれあっているのを眺めていたり。

 

真っ青な空に線を引く飛行機雲を眺めたり。

 

雨の日は傘をさして雨音に耳を傾けたり。

 

真っ白に雪化粧した公園を眺めたり。

 

それが私たちのデートだった。

 

 

 

酒井くんのこと、嫌味で嫌いだったけど、嫌いじゃないと思うようになった。

 

嫌味な男ではなかった。

 

私が全て嫌味と取っていただけだった。

 

好きという感情ではなかった。

 

というより、好きという感情が分からなかった。

 

けど酒井くんと2人ベンチに座っていると、心がシンと落ち着く感覚があった。

 

私はずっと1人きりが好きだった。

 

誰かと一緒だなんて、なるべく避けたかった。

 

でも初めての感情だった。

 

2人もいいかもしれない。

 

それが「好き」という感情なのだと知ったのは、それから何年も経ってからの話しだ。

 

 

 

いつもいつも桜見公園のデートだった。

 

「僕が持つからさ」

 

そう言って何度も食事に誘われたけど、それは頑なに断った。

 

私は私の目標に向かってお金を貯めている。

 

酒井くんは酒井くんの為にお金を遣って欲しかった。

 

とにかく、無駄なお金はいっさい使いたくなかった。

 

私のブスは顔だけじゃあない。

 

性格がブスだ。

 

酒井くんは自分の為に私と食事をしたかっただけだったんだ。

 

私は雨の日も風の日も雪の日も桜見公園デートを望んだ。

 

それが嫌なら来なくていい。

 

酒井くんとの日々が一生続くだなんて、ほんの少しも考えたことはない。

 

私は高校卒業したら小さな町に行くんだ。

 

酒井くんは酒井くんで自分の道を進むだけだ。

 

 

突然のサヨナラ

 

桜見公園デートも1年近くなった時のこと、酒井くんは缶コーヒーを開けたと同時くらいに喋り出した。

 

とても爽やかで素敵な笑顔だと思った。

 

「ほんとこの人、綺麗な顔してるな」

 

私は彼女という意識はなく、テレビのアイドルを「ふ〜ん」と見ているような感じだった。

 

「好きな人ができたんだ。悪いけど別れて欲しい」

 

爽やかな笑顔で酒井くんは言った。

 

「うん、分かった」

 

私もたぶん、今までで最高の笑顔をしたと思う。

 

「最後、握手しようか」

 

「え、いいよ、別れるのになんかおかしいんじゃない?そういうの」

 

「そっかな…そうか…」

 

それから私たちは缶コーヒーを黙って飲んだ。

 

「じゃあ、今までありがとう」

 

酒井くんから言って立ち上がった。

 

「うん、じゃあね」

 

立ち去る酒井くんの背中を目で追うことはしなかった。

 

まだ肌寒い春先のことだった。

 

転んで泣きじゃくる子供と駆け寄る母親。

 

私に取っては奇妙な光景だった。

 

 

そして大阪から富山へ

 

酒井くんにフラれても、ショックではなかった。

 

きっと他に彼女がいるなんて、当然最初から分かっていたことだった。

 

それを詮索するもしないもない。

 

当時の私には関係のない話しだった。

 

彼には感謝しかない。

 

2人でいるのも悪くないどころか、いいものだという感情が芽生えた。

 

 

 

そして私は高校卒業と共に、15万円で買った中古車と共に家を出た。

 

大阪を出て、寮のある富山県に向かった。

 

希望通り、海が近い寮だった。

 

思っていたほど遠くには行かなかったが、両親から離れる事ができた。

 

そしていくつかの恋ができるようになった。

 

それは酒井くんのおかげかもしれない。

 

顔のブスは変わらないけど、性格くらいは美人になろうと努力した。

 

そして結婚をし、子供が生まれた。

 

3人目の孫ができたばかりの電話だった。

 

酒井くんのお母さまからの電話

 

「酒井俊樹の母です」

 

誰のことか分からなかった。

 

酒井俊樹…酒井俊樹…酒井俊樹…

 

ああ!酒井くん!

 

でもなんで酒井くんのお母さんが???

 

 

 

「小池さん、生前は俊樹によくしてくださり、本当にありがとうございます。

 

お礼がこんなに遅くなってしまってごめんなさいね。

 

私もそう長くはない年齢になってしまったのでね。

 

悩んだんですけれど、俊樹の事をお伝えしておこうと思いましてね。

 

お忙しいでしょうが、大阪に来られませんか?

 

私が出られればいいんですけれど、どうにも足が思うように動かなくなってしまって…

 

交通費と宿泊費は出させてもらいますので、是非来てはいただけないでしょうか?」

 

 

 

生前???生前???

 

「酒井くんはお亡くなりになったのですか?」

 

「ええ…そうなんですよ」

 

淡々と話すお母様に違和感を感じた。

 

酒井くんと別れてからは、一切会うことはなかった。

 

35年間、会うことも話すことも噂を耳にすることもなかった。

 

酒井くんに別れを告げられたとき、既に酒井くんはバイトを辞めていた。

 

あの桜見公園でお別れしたのが最後の酒井くんだった。

 

酒井くんの綺麗な顔を思い出そうとしても、綺麗という印象だけでしっかり思い出せない。

 

もう35年も前なので、正直悲しみとかは感じることができなかった。

 

もう本当にすっかり忘れていた存在だった。

 

 

 

すっかり忘れていた存在だからこそ、迷わず行く事を決めました。

 

よくは分からないが、行くべきだと思った。

 

酒井くんのお母さんが「交通費・宿泊費」を出すからではない。

 

そうまでして私に来て欲しいという理由を知りたかった。

 

多少の罪の意識が働き、主人には同級生の葬儀だと嘘をついてしまった。

 

友達のいなかった私に、同級生の葬儀だなんてありえないのに(笑)

 

 

今の幸せは、酒井くんのおかげとやっと気がついた

  

大阪に向かう車中、酒井くんの事を思い出していた。

 

「ほんと綺麗な顔をしてたね。おまけに性格もいいんだからモテるはずよね」

 

彼がいなかったら今の私はない。

そうなのだ。35年経ってやっと分かった。

 

酒井くんの存在は大きかった。

 

それは言い切れる。

 

桜見公園での1年。

 

1人切りを強く望んでいた私が、2人も悪くないと思うきっかけだった。

 

初めてそう思う事ができた。

 

優しい主人と結婚できたのも

 

3人も子供を授かる事ができたのも

 

可愛い孫がいるのも、あの桜見公園の1年があったからだと思う。

 

酒井くん

 

私はあなたの事、嫌いじゃないけど好きでもないってずっと思っていたの。

 

だからフラれても悲しくなかったの。

 

でも違うね。

 

あなたのこと好きだったんだよね。

 

たいして会話もないのに、1年もベンチで座っているデートだなんて、そんなことできる人、他にはいなかったわ。

 

本当に子供だったし、うちはほら家庭がアレだったから。

 

 

 

そうそう、また顔を腫らしてしまった私。

 

その時の酒井くん

 

なんとも言えない顔して私の顔に触れようとして、サッと手を引っ込めたよね。

 

あれはどうしたかったのかな?

 

ブスな顔には触れたくない?(笑)

 

ごめんごめん、性格ブスは卒業したんだった。

 

それも酒井くんのおかげだね。

 

 

 

駅に着きタクシー運転手に住所を伝えた。

 

懐かしいが胸騒ぎする風景が目に飛び込んでくる。

 

殴る瞬間の父のカッ!と目を開いた時の目。

 

蔑んだ目と嘲笑する目の母。

 

それを思い出すと小刻みに身体が震える。

 

これがトラウマというやつでしょうか。

 

 

 

私が富山に行って間もなく、両親は離婚した。

 

父の行方は分からなくなった。

 

母は12年前に他界した。

 

2人はもういないのに、まだ私の身体は敏感に反応してしまう。

 

孫もいるのに情けない情けない(笑)

 

 

 

「あ…」

 

桜見公園だ。

 

ベンチは新しくなっているけど、同じ場所のまま。

 

桜の木もあのままだ。

 

小刻みな震えが止まって、胸に暖かいものを感じた。

 

酒井くん、ありがとね…

 

ドライバーさんに聞こえない程度に呟いた。

  

知らなかった酒井くんの想い

 

酒井という表札の前でタクシーは止まった。

 

酒井くんが亡くなったのは分かったが、なぜ私に連絡が?

 

私たちがお付き合いしていたのは、もう35年も前の話し。

 

お付き合いと言っても男女の仲ではなかった。

 

お付き合いと言えるのかも怪しい。

 

ただ1年もの間、桜見公園でベンチに座っていただけだった。

 

手さえ握ったことがない。

 

酒井くんはどんな人生を送っていたのかしら。

 

結婚は当然したでしょうね。

 

 

 

酒井くんのお母様は、凛とした綺麗な方だった。

 

お茶を入れる仕草、1つ1つの佇まいが綺麗だ。

 

「やっぱり酒井くんのお母さんね」

 

胸の中で酒井くんに呟いた。

 

  

 

「これね、小池さんにお渡ししようと思ってね。

 

私もいつどうなるか分からない歳になっちゃってね。

 

連絡先を調べるのに、本当に大変だったわ。

 

ご実家はもうないのね」

 

お茶を入れながらお話し、酒井くんのお母様は私にノートを渡してくれました。

 

私はノートを受け取った。

 

赤茶けた学習ノートだった。

 

 

 

「俊樹、小池さんとお付き合いされてたのね。

 

俊樹が亡くなってから知ったのよ。

 

あなたの事ばかり書いてるわ

 

勘違いしないでね

 

母として嫉妬して知らせなかった訳じゃあないの

 

このノートを見せたら、あなたがこれからの人生おかしくなるかもしれないと思ったのよ

 

私がこんなノート見たら、他の人と結婚なんてできないもの

 

もうあなたもお婆ちゃんになるような歳だからね

 

俊樹の為にもと思ったの

 

悩んだんだけど、私の母としてのワガママを許してね」

 

 

 

赤茶けたノートを開いた。

 

酒井くんらしい、几帳面で綺麗な字だった。

 

●今日、小池さんと別れてしまった。 これで良かったと思う。 もしも治ったらもう一度告白しようと思う。 きっと治すぞ!

●今日、小池さんがいる富山に行った お医者さんには絶対怒られるから言えないや 会社から出てくる小池さんを見かけ、とっさに隠れてしまった 何しに行ったか分からないけど嬉しかった 治る気がする! 

●小池さんと手を繋いでデートする夢を見た 途中で小池さんは僕の腕にしがみついた とても可愛かった 夢だったけど幸せだった

  

酒井くん!あの時病気だったの?もう既に病気だったの?

 

なんで私に言わなかったのよ!

 

富山に来たの?

 

なぜ声をかけてくれなかったよ!

 

●なぜ小池さんと別れたんだろう 小池さんがいれば病気に勝てたはずだ 今からでも電話しよう 電話?知らない。絶望的だ

●小池さん、僕が別れると言ったとき、何故あっさり「うん」とか言うんだ! そんなに僕がどうでも良かったのか!!!

●僕が弱虫だから小池さんに嫌われるんだ だから病気にもなるんだ 小池さん、弱虫でごめんなさい

 

違うよ酒井くん

 

私はブスであなたはアイドルだったでしょう?

 

どうでもいいなんて思ってなかったよ!

 

決まっていたイベントの終わりが来ただけとしか思わなかったのよ!

 

●もう僕は死ぬみたいだ

一度でもいいから小池さんの手を握りたかった 抱きしめたかった

 

バカね酒井くん

 

私なんかの手なんて、さっさと握れば良かったじゃない!

 

抱きしめたかったら抱きしめれば良かったじゃない!

 

酒井くんほどのイケメンが何を躊躇してるのよ!

 

私がどう思おうと関係ないじゃない!

 

 

 

字は次第に読みにくくなり、文章もめちゃくちゃになって来ました

 

大きく歪んだ字で

 

「葉子が好きだ!好きだ好きだ好きだ!会いたい会いたい会いたい!」

 

ずっと「小池さん」だったのに、葉子だなんて言ってる(笑)

 

わたしはブスは顔ではない。性格だった。

 

酒井くんは、私に別れを言って1年も過ぎた頃に息を引き取った。

 

まだ21歳だった。

 

私の息子より下の年齢で旅立った。

 

様々な感情が入り乱れ、涙と鼻水でグチャグチャになってしまった。

 

 

 

今いる優しい主人との人生を否定なんてできない。

 

否定なんかしたら、子供や孫の存在も否定することになる。

 

それと同時に、彼の側にいてやりたかったという気持ちもある。

 

私なんかで良かったら、最後まで一緒でいたかったよ。

 

酒井くん、病気だったら病気と言って欲しかったよ。

 

ベッドの横で手を握っていたよ。

 

りんごの皮むきして「あ〜ん」とかしたよ。

 

 

  

私はブスだった。

 

顔がじゃない。

 

性格がブスだった。

 

だから酒井くんの気持ちを全く信用しなかった。

 

自分のことも信用しなかった。

 

人を信用するきっかけを作ってくれたのは酒井くんだね。

 

酒井くんが、雨の日も、雪の日も、灼熱の夏の日も、そうそう台風の日も

 

ああやって桜見公園で付き合ってくれたからね。

 

主人と出会えたのも酒井くんとの桜見公園のおかげ。

 

 

 

病気をきっかけにお別れとかするような女じゃないよ、酒井くん(笑)

 

「あれ買ってこい!」

 

「背中かけ!」

 

とかコキ使えば良かったのに。

 

そういう女だよ私は。

 

コキ使いたくて付き合ったと思ったくらいだもん。

 

由美ちゃんとか、恵子ちゃんとか

 

もっと可愛い女の子が酒井くんのこと好きだったんだよ。

 

バカだね酒井くん。

 

ノートを読みながら、私はボロボロと泣き笑いをしたり怒ったり、感謝したり叱咤したり。

 

 

 

「小池さん、ありがとうございます。俊樹も喜んでいると思います」

 

仏壇に飾られた写真は、あの時の綺麗な酒井くんのままだ

 

酒井くんはやっぱり嫌味だ(笑)

 

こんなおばちゃんになった私と再会させるなんて

 

まぁいいか(笑)

 

私は泣いたまま笑ったり怒ったりした

 

 

酒井くんとの再会

 

私は桜見公園に寄りました。

 

新しく変わったベンチだけど、目の前の風景はあまり変わっていない。

 

公園で遊んでいる親子。

 

スズメがパタパタじゃれあっている。

 

真っ青な空。

 

 

 

私には霊感なんて洒落たものはないけど呟いてみた。

 

「酒井くん、久しぶりだね」

 

用意した缶コーヒーを2つ。

 

あの頃のように黙って空を見ながらコーヒーを飲んだ。

 

そして右手をそっと出し、酒井くんの左手を握った。

 

こうしたかったんだね酒井くん

 

私も嬉しいよ

 

私たちは35年ぶりに会った。

 

「今日もいい天気ね、酒井くん」

  

ライター中和田より

 

この話しは実話を元に書かせていただきました。

 

ご依頼主さまより、酒井くんという素晴らしい青年がこの世にいたことを知って欲しい。

 

とのご依頼でした。

 

人物特定はされないようには書きましたが、ほぼ実話のままです。

 

人生というものは、皆さんドラマティックなものです。

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