自分を許すと決めたわけ

子供の正直さ。見たままを見たままにしか捉えない馬鹿さ

僕には生まれつき全盲で、重度の知的障害がある従兄弟がいました。もう亡くなり20年くらい経ちます

僕が10歳くらいだったと思います。従兄弟がいる東京立川に遊びに行きました。

そこの叔母さんは僕をとても可愛がってくれました。姉である母とは1番の仲良し。その母が産んだ最初の男の子が僕です。

いつも明るく優しい叔母さんです。

従兄弟は重度の知的障害です。

生まれつきの全盲で、重度の知的障害。

個性的な動きをし、いつもなにやら言葉を発しています。

 


子供の無垢は残酷なものです。僕はふざけて従兄弟の真似をし、妹達の笑いを誘いました。

その時、いつも明るい叔母さんが『おさむちゃん、真似するのやめてね』と見た事のない寂しい顔で僕に言いました。

見たことない寂しい目でした。僕はハッとして、すぐにやめました。

子供心にしてはいけない事をしてしまったと気付きました。

 

しかし咄嗟に謝ることができなかったのです。

従兄弟に嫌がらせしてやろうとか、笑いものにしてやろうなんて思ってはいません。

何も考えてなく、ただ面白いから真似をした。

  

子供の正直さ。見たままを見たままにしか捉えない馬鹿さ。僕はそういう「想い」のない馬鹿な子供でした。

見たままを見たままにしか捉えることしかできない、思慮浅い人間が苦手です。

 

それは僕のことだったのです。

 

悪気がないって、一番タチが悪い

叔母さんの寂しい顔…。子供なので、そんな事はすぐ忘れました。

忘れていたのですが、年齢を重ねる度に、あの日の寂しい顔が思い出されるようになったのです。

あの頃の叔母さんは、今の僕よりずっと年下。35歳くらいです。

 


そして僕は現在50歳です。


たぶん皆思うのでしょうが、50歳ってこんなに子供?って思います。

 

SNSなんか見ていると、本当に思います。

「大人の基準」って誰が決めるわけでもありませんが、良くも悪くもみんな子供だなって思います。

辛い事は辛いし、傷つく事もある。

 

「見て見て凄いでしょ!」の人もいるし、すぐ怒る人もいる。


今の僕から見たら、35歳のまだまだ子供な叔母さん。

従兄弟を連れて歩けば、好奇の目で見られる時代でした。僕みたいにふざけて真似する子供もいる。


今みたいに障害者には優しくない時代だったと思います。入れないレストランも多々あったはず。受け入れる学校も少なかったはず。


健常な子供でさえ、子育てには本当に悩みますね。


従兄弟は重度の知的障害。そして全盲。一生自立できない不安や心配に泣いた日だってあるはず。

35歳なんて、まだまだ子供。それでも叔母さんはいつも明るかった。

その叔母さんが見たことない寂しい顔をした。もの凄く可愛がっていた甥の僕がもの凄く傷つけました。

 

 

「悪気はないと思うんだけど…」という言葉に、僕はよく返す言葉あります。

 

「でも悪気がないって、自覚がないから一番タチが悪い。戦争という人殺しだって、その最中は悪気がない」

 

こうやってブログを書くと分かります。その言葉は自分に向けている言葉です。

 

そう「悪気なんて全くなかった」

悪気なんて全くないから、その場の空気が楽しくて真似をしていた。

 

従兄弟は幸か不幸か、自分が馬鹿にされているという自覚さえ持てない。

 

しかし、重度障害を持った息子を必死で育てて可愛がっている叔母さんを悲しませた。

 

「優しいおさむちゃん」と口癖にしていた甥の僕が、とても悲しませました。

 

 

自分が自分をいつまでも許してくれない

20代社会人になり、仕事と遊びでめいいっぱい。

頭の片隅には常に自分がした過ちを抱えながら、日々の生活に追われていました。

 

叔母さんとは、もう何年も会わなくなりました。

 

結婚して責任を持つようになり、娘が生まれて父親になりました。

 

父親になって、あの日のことが更に僕を苦しめました。

 

叔母さんにとって僕は、「人の痛いところをついて喜ぶ人間」。そうとしか思えませんでした。

 

僕は自営業なので信用が第一です。信用されるよう、日々精進しているつもりです。

 

心を扱う仕事もしています。自分という人間磨きをずっとしてきているつもりです。

 

しかし、人さまに信用されると「おまえキャラ作り上手いな。ほんと」と囁き声が聞こえます。

 

どんなに精進して、少しでも正直で健全でいようとしても、いつまでも僕が僕を許してくれませんでした。

 

 

初めての懺悔

家を建てて数年して、叔母さんがいきなり連絡をくれました。

 

「おさむちゃん、おうち建てたんだって!ちょっと行っていい!?」

断る理由はありません。

 

叔母さんは手土産とテッシュにくるんだ2万円。

 

そうそう、時代なのかどうか知りませんが、叔母さんはいつもティッシュにお小遣いを包んで渡してくれました。


「叔母さん、僕はもうハゲボーズおじさんですよ(笑)小遣いもらう年齢じゃないですよ(笑)僕があげる方です」


と言っても
「いくつになっても、おさむちゃんはおさむちゃんだよ」と言って、お金は引っ込めませんでした。

後から僕は贈り物を送りました。長い手紙と一緒に。


10歳の時のこと、初めて謝りました。やっと謝ることができました。手紙でなくては、もはや謝ることができませんでした。

叔母さんから短い電話がきました。内容には触れず「手紙嬉しかったよ」と。

子供がしたことです。叔母さんが数十年前のことを根に持っているなんて思っていません。

 

僕は、僕に許して欲しかっただけです。

 

自分を許すことは、他人も許すということ

いい年になって、僕は僕を許すことができました。

 

自分を許せない人間は、人に対しても許すことができない。

 

過ちを1つも犯さないで生きている人はいない。

 

心の乱れから、時には暴言を吐いてしまうことだってある。

 

欲に負けて、自分を優先してしまうことだってきっとある。

 

人間はそういう時がある。

 

それを許さなかったら、いつまでも憎しみの連鎖。いつまでも争いや戦争は終わらない。

 

僕が僕を許すことができたのは、少しでも世界が平和になって欲しい。これを偽善と取られても構いませんが、それが正直な気持ちです。

 

だって世界が平和なら、何をするにも安心でしょう。

 

僕は旅をたくさんしたい欲求がありながら、危険地区は躊躇してしまいます。

 

何の心配もなく、世界のどこでも行けるような世界になって欲しいと思います。

 

100年後、1000年後の為にも、僕は僕を許す。そして他人の過ちも許す。


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